もものともしび

ほのかにひかる

紫の香り

髪を切った。美容院に行くのがどうにも苦手だったのだけれど、最近は担当してくれているお兄さんが寡黙なので行くことが出来ている。何を話せばいいのか分からないので美容院は苦手だった。前に担当してくれていたお姉さんが辞めてしまう前に、後任でこの人はどうですかと紹介を受けたけれど、自己紹介欄に「おしゃべりが好きです」と書かれていて頭を抱えた。たまたま行った時に担当してくれたお兄さんがこれからする作業の宣言以外はあまり話さない人だったので、紹介してくれたお姉さんには申し訳ないけれどお兄さんを指名することにした。

寡黙なお兄さんは店長なのだという。そのお店に通っているのが長いので、お兄さんは入ってそこそこだと思っていたけれど、思ったより時間が経っていたらしい。たまに自身の話をしてくれ、後輩の面倒を見ていること、コンテストを受けようとしていることなど、ぽつりぽつりと話す。実直な印象のその人は、人柄もあって店長なのかなぁなど思いながら話を聴く。

そこの美容院は待ち合いでおしぼりを出してくれる。開けるとラベンダーが香るおしぼりは、ひそかなお気に入りだ。手に取ると香りが鼻に抜ける。こっそり周りのお客さんを観察すると簡単に手を拭いておしまいにしている。何度も手を拭いてるのは自分くらいでちょっと気恥ずかしい。でも香りを嗅いでいたくてずっとおしぼりを手に取っている。はたと気付いた。このおしぼりが好きなのではなくて、ラベンダーの香りが好きなんじゃないか。確かに良いおしぼりではあるけれど。

試しにラベンダーのアロマオイルを買って帰る。部屋のアロマストーンに垂らす。じわり、と香りが部屋に広がる。あぁ、好きなのはこの香りだった。何故かずっとラベンダーは苦手な香りだと思いこんでいた。呼吸が深くなる。寡黙なお兄さんに幸あれと少し願ってみる。